1.はじめに
昨日の読書会『往復書簡ー限界から始まる』のゲストトークタイムで、上野先生が「息子と母の関係」ということをチラッと言及されていました。
それに感心があったので、ここに自分の事例ですが息子と母との関係性を書きます。(あくまで、それは私(息子)から見た視点ですが)
2.小学生時代
まず、この時期の私と母の関係が、私と母との関係のベースになっている。
そして、実は私と他者との関係のベースになっている。
私が母との関係を決定したエピソードがある。
ある日、母とバザーに行くことになっていた。
だが、バザー以外の行きたいものが出来て、私はそっちに行くことに決めた。(それがなんだったか忘れたけど)
それを母に伝えたところ、母は私が行きたくなったところに行くことを容認した。
ただ、この時の母の顔は、悲しそうな顔だった。
この母の悲しい顔を見た時、私は「母のことを悲しませてはいけない」という思いを強くした。
私は母との関係で、自分の意思と母の意思が衝突した時、優先されるべきは「自分の意思ではなく母の意思」であると考えるようになった。
これは、私の他者との関係にも影響していく。
すなわち、自分の意思と他者の意思が衝突した時、優先されるべきは「自分の意思ではなく他者の意思」であると。
このエピソードが私が覚えている限りの私と母との関係を決定づけたものだった。
今、先程「決定づけた」と述べたが、これは厳密に言うと、「私が母に対してどう接するか」ということであり、「母が私にどう接するか」を全く問題にしていない。
ここにも私の他者との関係性を物語る部分がある。
それは、「交渉や調整という発想が欠落している」ということである。
自分の意思と他者の意思が衝突した際に、他者と交渉や調整をして、0、100ではなくどちらの意思も尊重出来る妥協案というものがあるはずだが、そういう発想は全くなかった。(そもそも、小学生のころの自分にそれが出来るとは思えない)
ここまでの話をまとめると小学生時代の私は、「自分の意思ではなく母の意思を優先する」それが他者にまで射程範囲が広がり、「自分の意思ではなく他者の意思を優先する」ということを母や他者との関係において原則とするようになった。
ここで、「自分の意思ではなく母の意思を優先する」や「自分の意思ではなく他者の意思を優先する」を「原則A」とする。
私と母との関係性というところから、話がややズレてしまっているが、私と母の関係性は私と母との関係性だけでわかるものではないと考えている。
なので、私と母との関係性は他者が入った時にどう変容するのか、または変容しないのかが重要だと考える。
ただ基本原則としては、私は母に対して「原則A」で対処しているということが言える。
ここまでの話からすると、私と母との関係は、私と他者との関係と大差ないということにもなる。
それは、「原則A」が母と母以外で同じように発動するからである。
話を元に戻すと、「原則A」はあくまでも、二者間(私と母)のような関係において有効であるが有効でない場面も多々ある。
小学生時代の私の体験の中で、「原則A」が有効に作動しなかったケースがあるので、次はその話に移っていきたい。(もちろん母も関係してくる)
ケース1.不登校になった時の話
小学生のころ数ヶ月くらいだったが不登校になったことがあった。
母は、もちろん学校に行って欲しいと思っていた。
ただ、私は学校には行きたくなかった。
ここで本来であれば、「原則A」が作動して母の意思を優先し、学校に行くはずなのだが、私の学校に行きたくないという意思が、母の学校に行って欲しいという意思を上回っており、「原則A」を作動させて学校に行くということにはならなかった。
ここで私が取った行動は、なぜか「トイレで勉強する」というものだった。
これは、母の「学校に行って欲しいという意思」を、「勉強して欲しい」と勝手に読み替え、勉強は学校に行かなくても出来ると思い、トイレに教科書を持ち込んで勉強した。
結果は、母に「そんなに勉強したいんだったら、学校に行きなさい!!」と激怒され、ランドセルごと家を追い出されるというものだった。
ここには、私自身の他者との関わり方が如実に発露している。
先程述べた、交渉や調整という発想がなく、自分の中で解決しようとした。
そういう私の性格を考えた時、ランドセルごと家から追い出すという母の行為は正しかったと考える。
ケース2.祖父との買い物の話
ここでいう祖父というのは、母方の祖父で母からすると父になる人だ。
私と妹は、母の実家のマンションに行くと、祖父にマンションの一階部分にあるスーパーによく連れて行ってもらった。
祖父としては、せっかく来た孫にいろいろと買ってあげたかったのだと思う。
そんな祖父がスーパーに連れて行こうとすると、母は「ほどほどにしなさいよ」と私に釘を刺す。
母は祖父にお金をあまり使わせたくなかったのだろう。
だから、私に釘を刺したのだ。
私たちは、祖父に連れられスーパーに行った。
「好きなものを買っていい」と祖父は言ったが、私たちは遠慮して買いたいものを言い出さなかった。
そうしている内に、祖父から「子供なんだから子供らしくしなさい」と怒られた。
祖父は、孫にお菓子なんかを買ってあげることを楽しみにしていた。
だが、私は母の言いつけを守って、買いたいものをあまり言わなかった。
本当は、祖父にお菓子を買ってもらいたいと思っていた。
だけど、母の言いつけがあるので、買ってもらいたいと言い出せなかった。
ここで起こっているのは、「原則A」同士の衝突だった。
母のことを考えれば、「原則A」を発動させて買って欲しいと言わない。
祖父のことを考えて、「原則A」を発動させれば買って欲しいと言うということになる。
一緒にいるのは、祖父なので本当は、母の言ったことを忘れればいいのだが、母の言いつけも気になりどっちを優先させるのかという葛藤が発生する。
そして、葛藤の果てに中途半端な態度を取り、祖父に怒られるということになった。
まずここで重要なのは、私の意思はどうだったのかという問題だ。
そもそも「原則A」では私の意思は、優先されない。
私の意思、母の意思、祖父の意思という中で一番優先されないのは、私の意思である。
この時の私の意思は、やはり子供なので、お菓子を買ってもらいたいだった。
だが、母とのこともあるので、自分からは言い出せない。
出来れば、母に遠慮することを言われているので、祖父がそこで察して買うことを促して欲しかった。
本音では買って欲しいというのが、自分の意思であったが、そんなことよりも母の意思、祖父の意思どちらを優先させるのかが重要だった。
しかし、どちらの意思を優先させるかを迷い、結局は中途半端な態度に終始し、祖父に怒られるハメになったのである。
このように、「原則A」で対処しても、上手くいかないケースについて述べてきた。
3.ここまでの分析
①そもそも、「原則A」による対人対処に問題がある
自分の意思よりも、他者の意思を優先させるのは、時と場合によっては必要だがいつも自分の意思を優先させないというのは、結局のところ自分のことを大切にしていないことになる。
また、私がなぜこのような対人対処をしてしまうのかというのは、もっと掘り下げる必要のある問題だと言える。
②母の対応
先程も述べたがケース.1に関しての母の対応は問題がないと考える。
ランドセルごと家から追い出されるくらいの勢いの方が、他者に対して踏み込まれるのも踏み込むのも苦手な私にとって大きな前進になったと言える。
ケース.2に関して言えば、母は私に、遠慮するように言うのではなく、祖父(父)と話をしてお菓子を買う金額の範囲などを定めるべきだったかもしれない。
また母からすれば、子供に言いつけをする方が気がラクだった可能性もある。
母が私に遠慮するように言ったのは、母が祖父に遠慮しているからだった。
自分の父親に、お金を使わせたくなかったというところだろう。
ただそれは、母と祖父(父)との関係性の話であって、本来であれば私を仲介して自分の意思を祖父に伝えようとするべきではなかったかもしれない。
③小学生時代の私と母
小学生時代と言っても6年というそれなりに長い期間で、ここに書いたことだけで物語れるものでもない。
また、息子と母の二者間の関係というのは、決して二者間の間だけで成立するわけでもない。
ただ私と母との関係性は、私と他者との関係性を形成するベースとなったと言える。
私としては、「原則A」のような対人対処で、母の意思を尊重していたつもりだった。
だが、それは尊重というよりも、従属しなければならないという傾向の方が強かった。
それは、当然と言えば当然で、私にはそうするより選択肢がなかったからだ。
こう言うとなんだか不穏当だけど、母は私を従属物として扱っていたかというと、それは違っている。
母は、私になにか要求するということはそんなに多くなかった。
むしろ、あまり自分の意思を示さない、私に対して戸惑っていたのかもしれない。
4.最後に
上野先生のトークの中で、親の力量という話が出てきた。
親の力量は必要だとは思うが、親の力量を過度に求めるのもどうかと考える。
親はただの人間で、親自身も様々な環境の中で生きてる。
それを考えれば、ただの人間に力量を求めすぎるのも考えものだ。
もちろん、虐待などをする親には問題があると思うが。
長々と書いてしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
また今回は、読書会の内容そのものには触れませんでしたが、一緒の班だった方、サポの皆様ありがとうございました。
2021/11/14 23:29