表題の画像は創文印刷工業株式会社様のサイトより拝借しております. 

 読書猿著『独学大全』連続読書会の席にて,学術論文を検索・利用することについて,人によって大きく感覚が違う様だったので,その辺りについてつらつら書いてまいります.

 なお,どうしても私の専門である化学を前提に話を進めます.分野によって習慣や文化に違いはあると思いますので,その点ご留意ください.



 まずそもそもの「学術論文」「論文誌」が出来たのは,グーテンベルクが活版印刷法を完成させてから.一つの文章を大量・安価にコピーできる様になって以降です.それ以前,学術的な発見や議論を世に示そうとするには,学者達で一か所に集まって議論する,本を書く,手紙を書く,と言うぐらいしか手はありませんでした.飛行機の無い時代,一か所に複数の学者が集まることは現実的でありません.本を書いたとしても,余程重要なものでもなければその本は書き写されることなく誰かの書棚で朽ちるだけ.辛うじて使い物になったのが郵便で,タクシス家による郵便制度が使えるようになった16世紀ぐらいから.費用はかかりますが,個人間で自分の意見を往復書簡でやり取りするぐらいのことはできました.

 郵便制度が整い,比較的安価に書簡を送れるようになってからは,個人間でやり取りしている内容のコピーを,関係する他の学者にも送れるようになりました.ただ,数が少ないうちは良いものの,ある程度名の知れた学者ともなると毎日大量の書簡,しかも直接自分と関係ないものが沢山届くようになる.人間の対応能力を超えるのも時間の問題です.

 どんな時代にも苦労を買って出る方というのはいらっしゃる様で,この手の往復書簡を一括で引き受け,紙の雑誌として印刷し,関係各位に配布するようになったのが,今も続く所謂「学術誌」の類の始まりです.1665年に創刊された "The Philosophical Transactions of the Royal Society"(ロンドン王立協会紀要)が,現在も続く中では最古の学術誌.自然哲学(≒科学)全般を対象としたものでした.

 

 余談ながら,ここいら編の時代の雰囲気について,グレゴリイ=キイスの『錬金術師の魔砲』という作品が面白いのでお勧めしておきます.


 こうして出版された学術誌,その後の学術分野の進歩と細分化に伴い,対象とする分野ごとに新しい雑誌が創刊されたり廃れたりしつつ,今に続いています.

 最初のうちは自分が専門とする分野の学術誌であれば全てに目を通すのが当たり前だったのでしょうが,数が増えれば流石に無理.読者が自分の必要な記事を探しやすいように記事の体裁などのルールが決まってくる.本来 "article"(雑誌記事,論文)という語は,雑誌上で何かを論ずる文章全般を指す言葉ではありますが,論文誌の定める体裁に則って書かれた文章という意味に限定されていきます.


 殆どの論文は,


① Title( タイトル)
② Authors ( 著者)
③ Affiliations( 所属)
④ Keywords( キーワード)
⑤ Abstract( アブストラクト)


の5項目と,本文から構成されます.この中で一番大事なのが Abstract.具体的に論じる内容を簡潔に纏めた文章です.とりあえず気になる論文を読むか否かの判断材料となるのが,この Abstract です.

 ただ,Abstract 読むのも億劫がる人の為に,その内容を簡単な絵で示した Graphical Abstract というものが付いている論文誌もあります.と,言いますか21世紀以降の化学や物理の論文では, Graphical Abstract が付いていることが殆どです.

 絵で示される内容自体は,わかる人が見ればわかる(≒見ても分からないなら読むだけ無駄)様に纏められています.とりあえず素人目でも分かりやすそうなものとして,以下の論文を例示します.




 零点状態におけるエントロピーを記述するうえで,既存の計算化学のアルゴリズム( HF, B3LYP, and MP2)では現実にそぐわない,と言うのが一目でわかりますよね? 私は5回ぐらい読み返すまで全然わかりませんでしたが,とりあえずこの絵のインパクトに負けて読みました.日に何千も投稿される論文の中から,自分の論文を読ませるためにはこれぐらいのハッタリも必要になります.



 と,本題に書いた文献検索の話に全然入っていないのですが,長くなって来たので一旦切ります.