長編読書会「独学大全」の第3回目、読書猿さんから質問の回答をいただきました。

相変わらずの丁寧な回答に感激!です!

自分一人では思いつかない質問をしてくれた参加者の方々にも感謝です。


今回の回答は、ラウンジのみ先行公開となります。




Q.「読書猿さんがこれまでの独学で手応えのあった分野、あきらめた分野はありますか。」


A.大抵の分野は初回は大抵の場合あきらめてます。ほとぼりが冷めた頃に、また性懲りもなく挑んだりするのですが。
たとえば語学はほんと苦手で、今までドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、アラビア語、中国語、ラテン語、古代ギリシア語、エスペラントに手を出して、スペイン語とタイ語に至っては本を買っただけで、そのすべてに挫折しました。一番マシだったのはエスペラントですが、トルストイが初めて2時間で読めるようになったというので試してみたら、ほんとにできた。『独学大全』の対話の中で出てくる「オレ天才じゃね?」はこの時の経験です。調子に乗って、多分日本で手に入るエスペラントの語学書は全部手に入れた気がします。当時はまだインターネット以前で、パソコン通信の時代ですが、エスペラントのメーリングリストに入って「エスペラントで百科事典をつくろう」と呼びかけて「お若いの、無茶はよしなさい」と諭されたりしてましたが、もうずっとやってないので、清々しいほど残ってないですね。
えーと、手応えがあったものがないとまずいですね(笑)。『独学大全』の前に『アイデア大全』と『問題解決大全』という本を書きましたが、アイデアについては発想法や創造性開発、問題解決はそのまんまですが、これらの分野は誰に習ったわけでもなくて完全に独学です。自負としては、各分野で一番よい本を書けたと思っています。




Q.「今回、調べるツールとしてWikipediaを取り上げなかったのはなぜですか?」

A.Wikipediaは第4部の外国語のところに出てきますが、確かに調べるツールとしては取り上げてないですね。理由の一つは、取り扱いが難しくて、取り上げるなら、かなりの分量を割かなくてはならなかったこと、それくらいなら、もっと紹介すべきことがあったことでしょうか。
ざっくり説明すると、Wikipediaにおけるまともな記事というのは、出典として上げられた文献に書いてあることを引用したり要約して組み立ててあるものです。つまりウィキペディアンたちの調べものの成果です。なので、正しい使い方は、Wikipediaで出典の文献を知って、それらに直にあたることなんです。当然、まともな記事かどうかも見分けられないといけない。で、これって『独学大全』の第2部で、できるようになることなんですね。
その手前の方は、複数の専門事典を自分で引く方が良いような気がします。



Q.「スキルの習得(語学など)を目的とする独学にあたり、技法8や技法9を活用する余地はあるでしょうか。どう活用するのが効果的でしょうか。(前提として、これらスキルの習得は、読書猿さんがイメージする独学とずれてるのでは?という気もするのですが)」

A.ちょっとご質問の趣旨というか真意を掴みかねますが、ポモドーロ・テクニック(技法8)は25分毎に5分間休憩して高い集中を保つ方法なので、普通に語学学習に取り入れられると思います。もちろん向かないと思う方は取り入れなくていい。これは『独学大全』全般に言えることですが、55の技法があるので、自分や学んでいるものに合うと思うものだけ活用されればよいと思います。
技法9の逆説プランニングは前回のご質問にもありましたが、やる気はあるのにかえってそのために取りかかれない拗れた人のための方法です。「スキルの習得」について、そうした悪循環に陥っているなら試してみるのも手です。



Q.「技法21の最初に”起点となる文献を見つける”とあるのですが、起点となる本をできるだけダイレクトにアクセスするには、どのような方法がお勧めでしょうか?」

A.文献たぐり寄せ(技法21)の起点となる文献の見つけ方ですが、固く言うと当人の知識と取り組もうとされているテーマによります。といっても何から取りかかればいいか分からない、というご質問と解釈して、できるだけ汎用性のある答えをするなら、次のようになります。
『独学大全』では、次の章にあたる第9章に文献の見つけ方があります。ここでは事典→書誌→教科書という3つのレファレンスツール(探しものの道具)を紹介しています。
私が知らない分野について学ぼうとすると、だいたい事典→書誌→教科書の順番で当たることが多いです。理由は、短い概要的なものから長い専門的なものへと進みやすいからです。事典の項目は、ものにもよりますが、大抵は一冊の本よりも、一本の論文よりも短い。
いまは起点となる文献を見つける話でした。この場合も、事典→書誌→教科書の順にあたります。
つまり、知りたいことを言葉にした上で(これは技法19の検索語みがきを参照してください)、
(1)事典を引く。私がよくやるのは日本語の百科事典を引いて概要を掴んだ後、英語の各種専門事典を横断検索する(たとえばCredo Referenceなど)。事典が辞典と異なるのは、各項目の末尾に参考文献のリストが着いていることです。複数の事典から該当項目を抜き出し、参考文献のリストを比べてみて、複数の事典に登場するなら、それはその項目を知るのに必須文献だということになり、文献たぐり寄せの起点に使えそうだと考えます。
(2)書誌を調べる。たとえばOxford Bibliograpiesといった大規模な解題書誌を調べると、かなりの分野について読むべき文献の膨大な解説付き文献リストが手に入ります。この中には調べる専門事典やその分野を扱う代表的教科書も紹介されていることがあります。しかも、初めてなら、まずはこれを読めとまで指示してくれる親切ぶり。書誌は、人をたちどころに独学者に変える魔法の杖だという由縁です。
(3)知りたいことの分野が(1)や(2)で分かったら、その分野の代表的な教科書を調べます。知りたいことについての概要がつかめるとともに、教科書に上げられた参考文献の中に、起点となる文献が見つかることが多いです。



Q.「読むのに5年かかった本、積ん読に終わった本、読むのをあきらめた本はどんな本だったのでしょうか。その原因は、内容に因らず著者の個性や文体にも起因するものでしょうか。」

A.大抵の本は5年かかってましたが、それどころか20年以上かかって読み終えられない本は、『独学大全』でも挙げましたが『思想のドラマトゥルギー』という対談本です。
読むのをあきらめた本で覚えているのは、学生時代ですが、ドゥルーズの『ニーチェの哲学』です。最初に出てくる「境位」という単語にひっかかって、全然進めなくて。当時は読書猿じゃなかったので、1ページ目から順に読まなきゃいけないと信じ込んでいたんですね。今ならもう少しうまくやれると思うんですが、今度は他の本を読んでいてなかなか順番が回ってこない。
ないのは「積ん読に終わった本」ですね。うちにいる本は本棚全体で一つの事典だと思っているのですが、そうするとあるのは「いつか参照されることを待っている一項目として待機中の本」ということになります。



Q.「独学に限らず、何かに挑戦するには、健康な身体ありきだと思うのですが、読書猿さんが実践されている体調管理法などはありますか?」

A.何もしてないです。申し訳ない。あんまり体は強くなくて、毎月2回位は風邪を引いてます。まだまだ書きたいものがあるので、何か始めた方がよいかもしれません。



Q.「”読書猿さんの本になるネタはまだ数十ありそう”と編集の田中さんからお聞きしましたが、専業作家に転身されるご予定はありますか?(社会人と二足のわらじだからこそ読書猿さんなのでしょうか。)」

A.みなさんに買い支えていただければ。
冗談はさておき、Scrapboxというウェブサービスに、書きたい本1冊ごとにプロジェクトをつくっているのですが、これが今55個あります。年1冊としても、たぶん余命からいって間に合わないんで、どうしたものかと。二代目読書猿を育てるべきか。
スゴ本ブログのDainさんに、『独学大全』を書いてる途中にお会いする機会があって、その時「次の本は読書猿になれる本です」と説明したんです。海賊王みたいですが、自分のやり方は全部ここに置いていく、と。『独学大全』を読んだみなさんの中から、どなたか出てきていただけないかと、半ば本気で思っています。私が倒れたら、後はよろしくお願いします(笑)。



Q.編集田中さんに質問:「今回の本の索引を作成するのは結構キツかったと思います。苦労話や作成にあたってのこぼれ話などがあれば、お聞かせいただけますか?」

A.そうか、普通は編集者にお願いするものなんですね(笑)。
索引は著者(読書猿)がつくりました。校了原稿のPDFを1ページずつめくって、ひとつずつ手作業でひろったものを、Pythonで書いた自作のプログラムでソートし直し整形したものです。その後の死ぬほどの校正作業については田中さんからお話いただけると思います。
『アーカイブの思想』(みすず書房)で著者の根本 彰先生が、全く同じやり方で著者による索引をやっておられます。索引の冒頭に著者がこれこれの方法でつくった、と明記してある(笑)。次から真似しようと思いました。