(やっぱ長編語るのに一時間半は短いよね!ということでメモ帳代わりに……。その2)

◯女衒のアンナ
・アンナの仕事については、はっきりしたことは書いていません。しかし、
①アンナの元へ身を寄せるときワルワーラの母は泣いていた、
②アンナには雑多な客がやってくるが、母はその度に慌ててワルワーラを部屋に連れ戻した、
③その様子を見てアンナは「分不相応にプライドが高い」と非難した、
④現在、アンナの養育するサーシャが、ワルワーラ曰く「破滅してしまう」目に合っている、
⑤ブイコフがワルワーラにしようとしたことは、アンナの差し金によるもの、
……ということからすれば、「アンナは、女性を斡旋する、いわゆる女衒のようなことをしていた」ととして間違いないでしょう。

◯淫蕩な地主ブイコフ
・一方、ブイコフという男は、このアンナの客であるようです。その上、
①ポクロフスキーの母は「どうしてあんなつまらない人のところへお嫁に行くことになってしまった」のか不思議なほど美人であった、
②ブイコフは、ポクロフスキーの母の知人に過ぎないが、彼女が老ポクロフスキーの元へ嫁入りするに当たって、五千ルーブルもの持参金を出した、
③ブイコフは後にポクロフスキーを学校に入れる面倒まで見ている、
④にもかかわらず、ワルワーラとの結婚準備のくだりで分かるように、ブイコフは決して太っ腹な人物ではなく、むしろかなりの吝嗇家である、
……ということを併せて考えると、「ブイコフは、ポクロフスキーの母親をアンナから買い、自分専用の娼婦として囲っていたが、子どもが出来てしまったため、大金を付けて貧乏人の老ポクロフスキーに払い下げた」と考えるのが妥当ではないかと思います。
・とすると、後のドストエフスキーの作品における「淫蕩な地主」(『罪と罰』のスヴィドリガイロフ、『未成年』のヴェルシーロフ、『カラマーゾフの兄弟』のフョードル)の原型となった人物だと言ってもよいと思います。

◯呪われた出自
・つまり、ポクロフスキーは、ブイコフが娼婦に産ませた子どもということになります。老ポクロフスキーと血の繋がりはありません。『未成年』のアルカージイを思い起こさせる境遇です。
・誕生日の際のワルワーラの企みをすぐさま見抜いてしまうほど聡明なポクロフスキーですから、自らの出自については早々に気付いていたことでしょう。ワルワーラがポクロフスキーを看病している間に「今まで知らなかったし、想像もつかなかった彼の状況について、初めて聞くことにな」ったと書いているのは、この辺りの事情についてではないかと思います。
・ポクロフスキーは、淫蕩な地主と彼の買った娼婦の間に産まれました。唯一心を許せたであろう母親とは物心が付いたばかりの頃に死に別れ、後に残されたのは、自分の存在に亡き妻の面影を追い求める哀れな養父のみ。その上、養父が迎えた後妻は、養父を虐待していました。この気の強い後妻が、血の繋がりのないポクロフスキーを可愛がったとは思えません。きっと彼も何らかの虐待を受けたことでしょう。そして、窮地に立たされた彼は、あろうことか、憎むべき実父の汚れた資金に助けられることになるのです。「家庭の事情について決して話したがらない」という記述もありましたが、純粋なポクロフスキーは、この境遇に筆舌に尽くしがたい屈辱を感じたのではないでしょうか。

◯日の光を追い求めた人生
・ポクロフスキーの人生は、ネズミの這い回る掃き溜めのような暗くてじめじめしたものでした。彼の境遇はポクロフスキーの精神を屈折させ、極度の人間不信に追いこんだのではないかと思います。
・彼がいい歳をして癇癪持ちであるのも、歩き方やお辞儀の仕方等の立ち振舞いがぎこちないのも、彼の社会に対する屈折が生んだものでしょう。しかし、ポクロフスキーはこの暗闇の世界にあって、光を求めてもがき苦しんでいました。死の間際、彼が日の光に固執する場面は、まさにこういった彼の人生を反映しているように感じます。
・そして、人間不信のポクロフスキーが選んだ道は、学問の道でした。彼は甘んじてブイコフの支援を受け、大学に進みますが、不運なことに彼は健康を損ねて大学にいることすら許されなくなります。
・ワルワーラが出会ったときのポクロフスキーは、このような状況でした。学問の道を閉ざされながらも、本にすがり、本から得られる知性の中に、おぼろげながら、この暗闇から抜け出す光を見ていたのではないかと思います。
・そんな彼にとって、ワルワーラの友情に関する告白は、予想だにしない出来事でした。この場面は、二人の間の恋愛の芽生えとも読めるかもしれませんが、「突発的な炎のごとき友情に面食らって」感動したと書いているとおり、初めて知った友情ーー人と人との間の温かい関係性に、ポクロフスキーが衝撃を受けた場面とも読めるのではないでしょうか。人間不信のポクロフスキーがこの暗闇の世界で初めて見つけた、たった一つの光、それがワルワーラという存在だったのです。