様々なジャンルの課題本を扱う猫町倶楽部。
その中でも、幅広い芸術分野を扱っているのが藝術部になります。

去る21年12月、猫町倶楽部に過去何回もゲストとしてお越しいただいている宮下規久朗さんをゲストとしてお呼びして、著書『名画の生まれるとき~美術の力Ⅱ』を課題本として読書会を行い、宮下さんには懇親会までご参加いただき、たくさんの参加者の質問にも丁寧にお答えいただきました。

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▼『名画の生まれるとき~美術の力Ⅱ』
読書会後、藝術部サポーターにてさらにインタビューをさせていただきました。

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--レクチャーや質疑応答タイムではたくさんの質問にお答えくださりありがとうございました。ここから私たちの方でも更にいくつか質問をさせてください。

ーー(レクチャーの中で、未婚で亡くなった方の追悼を願った、山形県上山市の「ムカサリ絵馬」の話が出ましたが、これと本の第六章の「死と鎮魂」の中での肖像画についての記述を読んで)まさにリアルな瞬間をとらえる「写真」の登場後、肖像画はどんな意味を持っていたのでしょうか?レクチャーで、「写真(遺影)が出たことによって豊かな他界観がなくなった」という話も出ましたが、これについてもう少しお聞かせいただけますでしょうか。

    写真は過去の一瞬を切り取っただけのものです。これに対して肖像画は一瞬をとらえるだけのものではなく、現在でもあり未来でもあり、さらにその人の全人格をとらえようとするものです。肖像画は今現在のその人の姿だけではなく、過去のもっと美しかった姿や、あるいはこれから人間味を増していくであろう姿を考えて描いています。その人の本質、人格を表すことが出来るのが良い肖像画で、似ているかよりも、その人の「らしさ」「本質」をどう表しているかが肖像画の基準です。ですから英国王室では今も公的な肖像画を描かせている。日本の国会議事堂でも歴代の議長の肖像画があります。写真ではないのですね。
    日本古来の他界観とは、人間は死んでもそのまま残っていて、「あの世にいるのだ、自分の近くに」という考えのことです。写真は過去のその人しか見ない。写真がなかった時代は、ムカサリ絵馬を「あの世で、あのように暮らしているのだ」と思って見ていたのです。今は他界観がどんどん貧弱になっている。写真ばかりだと過去にしか行けなくなるということがあると思います。


ーー(本の中でも触れられていた「ルーブル美術館展」について)作品の中で、腹から虫や腸が出ているような彫刻の印象が強烈でした。なぜわざわざ醜いものを作ったのでしょうか?   

    中世の末期に流行ったもので「トランジ」と言います。肉体を大事には考えていないことを表しています。当時は魂があの世に行くと思われていました。肉体を華美に飾るのは愚かなこと、自分は神の世界に行くのだから、この世に置いていく肉体はどうでもよいという謙虚さ、つまり信仰心をわざと見せるわけです。このように自分のお墓を醜く見せるお墓のことを「トランジ」と呼び、中世末に流行したのです。これによって信仰心の高さを見せつけようとしたのです。

ーー14世紀にヨーロッパでペストが流行した時にイコンが人々の心の拠り所になったとのことですが、欧米と違って宗教色の薄い現代の日本で、このコロナ禍に人々の心の拠り所となり得る新しい芸術作品は生まれると思われますか?

    (コロナ禍で流行した)アマビエがそれにあたるように思いました。あれを画像に描けば良いという文書が見つかって、皆がそのステッカーを貼ったりしましたね。いわゆる、ゆるキャラ的なもので心なごむ画像だったと思います。真剣に祈って病気が治るとは、誰も思っていません。ゆるキャラで心なごむ瞬間がアマビエだったのではないでしょうか。キリスト教の社会でも、マリア様に一生懸命祈ればコロナを免れると思っている人はいません。医療も発達した今はそういう時代ではないのではないでしょうか。ペストの頃は人が死ぬ原因も何も分からなかったから、何かに祈るしかなかったのです。

ーー私は特に信仰心はないのですが、でも棄損された偶像や仏像などを見るとある種のショックを受けます。今回のレクチャーで踏み絵に使われてボロボロになったマリア像や、戦地に行く若者に持たせると弾が当たらないというジンクスのために切り取られたマリア像の絵画を見たとき、絵画を傷つけたことに対する人の葛藤やどうか無事に帰ってきてほしいという想いを感じました。これらは完成された作品ではないと思いますが、とても心を打たれました。そういう作品は他にもあるのでしょうか?

    本質的な話が出てきましたね。例えば茶道具がいろんな大名の手を経たことにより価値を持つのと同じですね。たとえ破損していても、いかに苦労して守ってきたかが伝わってきます。「悲しみのマリア」なども、丸めて竹筒に入れて壁に塗りこめられていたり、人々が大事に守り伝えていきたい思いが感じられます。南蛮文化館の館長は、「作品をあえて修復しないのは絵のたどった運命や歴史を見せたいからだ」と言っていましたね。守り伝えた人の歴史をも刻むのが美術品です。それに現代に見る人が新たな感慨を抱く。金ぴかよりも、傷んだものの方がありがたみを感じたりしますでしょう?そういった文脈も含めて作品なのです。
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ーーバスキアが日本に紹介されたバブル当時にもて囃されていたニューペインティングの作品群を、先生は十把一絡げに考えていたとおっしゃいました。しかしその後バスキアの実物を見て考えを変えたとのことでしたが、具体的に何が契機になったのでしょうか。

    2000年あたりにニューペインティングの評価が下がりました。それが、2010年になるとバスキアは違うという言説が出てきた。小さな展覧会があったり、市場でバスキアの絵の値段が競り上がるということが起きました。一番競り上がったのがZOZOTOWNの創業者である前澤友作さんが買った時ですね。「何が起こっているのだろう」と思ったのですが、彼の展覧会を見に行って納得しました。バスキアはニューペインティングとは全然別なんだと。世の中の動きを見て気付いたということです。

ーー先生は多くの著作がありますが、モノグラフィーを捧げている画家というとカラヴァッジョ、ウォーホル、モディリアーニ、バスキアあたりかなと思います。これはそれぞれ全く別の個性として取り組んでいらっしゃるのか、それともこれらの画家に一貫して興味を惹かれる部分があるのかどちらでしょう?

    基本的には、自分が素晴らしいと思っているものの本を書きたいと思っています。ウォーホルは「死」を本質的にとらえている画家として興味がありました。カトリックでもあり、宗教美術とも近いですしね。ティエポロはバロックの画家で、日本ではあまり知られていませんが、1995年に日本で最初の著書(画集)を出しました。最後のイタリアの大画家だと思っています。カラヴァッジョとは違って明るい画面ですね。
    私がこの画家について書きたいと思っても、そんなに知られていない画家だったら出版社も本を出してはくれないですね。需要と供給と私の興味が一致しないといけない。バスキアは『バスキア・ハンドブック』という本を出せましたけどね。なかなかいろいろありますよ(笑)。
    モディリアーニは頼まれ仕事でしたが悪い画家ではないし、日本で好きな人が多いのもわかる。今度大阪の中之島美術館でも2022年4月から大きな展覧会がありますしね。今どんどん値段が上がってますけれども、ずっとモディリアーニをやれって言われたら、ちょっと考えます(苦笑)。


ーー最後に、今日の読書会に参加された感想を聞かせてください。

    今回の本は一つのテーマではなく、連載の寄せ集めなので、読書会の課題本としては少し不安がありました。皆さんの気に入った話が一つでもあれば良いなと思って参加しました。実際には、いろんな感想があったし、私があまり考えてなかったようなことが良いと思ってくれた人もいたりして、すごく嬉しかったですし、刺激的で参考になりました。

最後に、主宰のタツヤさんから。

宮下さんの本を読むと実際に美術館に行って絵を見たくなる人が多いと思います。『聖母の美術全史』でも読書会を必ずやりますので、ぜひまた猫町倶楽部にいらしてください。

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    私たちのような素人の質問にも真摯に答えてくださり、その言葉の端々に優しさと温かさが感じられる宮下先生、すっかりファンになってしまいそうです。『聖母の美術全史ー信仰を育んだイメージ』の読書会も楽しみですね。「聖母」というイメージの中で、世界中を旅することが出来そうな本です。
    宮下先生、長時間にわたりお付き合いいただき、本当にありがとうございました。また猫町倶楽部にもぜひ遊びに来てください!

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    猫町倶楽部の藝術部は、幅広い芸術ジャンルを扱う読書会です。参加者のほとんどがそのジャンルに詳しくない・だからこそ本を読んでみようという参加者が多いので、是非皆様気軽な気持ちでご参加いただけると嬉しいです。

▼今後の藝術部の読書会
4月24日(日)アメリア・アレナス『なぜ、これがアートなの?』https://nekomachi-club.com/events/0085bc1cd232
5月6日(金)菅付 雅信『不易と流行のあいだ: ファッションが示す時代精神の読み方』https://nekomachi-club.com/events/a7e3d72bc581



▼過去の宮下先生ゲストイベントはこちら
『ウォーホルの芸術』『カラヴァッジョへの旅‐天才画家の光と闇』『カラヴァッジョの旅 天才画家の光と闇』『闇の美術史-カラヴァッジョの水脈』



文責:藝術部N班サポーター一同(のんこ・愛里eri・やまがた・もか・セオ・ぷろん・セン)