お久しぶりです!!
気づけば8月も終わりに近づき、夏らしいタイトルに惹かれて「闇三部作」と呼ばれている「夏の闇」に参加をさせていただきました。
開高健さんは名前は知っていましたが(読み方はずっとカイコウケンだけだと思ってました)、何一つ作品を読んだことがなかったので、「夏の闇」が開高研さんの拝読デビュー作となりました。

すっごい単純に内容を書くとこんな感じかなと。
「ベトナム戦争で従軍していた男が、旅をしていた女と夏に10年ぶりの再会をした。男は女と一緒に住むが、誰とも会わず、ただひたすら寝てるニート(阿片歴有り)で、セックスばかりしている状態だったけど、男はある日再びベトナムの戦場に行く。」

こんな内容ですが、実に個人的には面白かった!

生きていると思うときは何か?
前半の登場人物の男は、人との交流は避け、ほぼ家で寝ているだけの生活であり、生きているけど生きていない抜け殻のようだった。唯一生きていると思える瞬間は「食欲」と「性欲」の部分だけ。
そんな男が後半は生き生きと描かれていく。
そのきっかけの1つが「釣り」である。
読書会でも「何故釣りが出てくるのか?」という話がありましたが、個人的には釣った魚を見ることは「生と死の間」を見るきっかけとして描かれていたのかと思いました。
何が言いたいかというと、

ベトナムから戻ってきた男にとって、生を感じる瞬間は「死と隣合わせになったとき」なのかと。

私的にも食欲のとき、性欲のときに生きていることは実感しますが、死と隣合わせになったときの方が「生を強く感じる」と思います(経験がないから推測ですが)。
だからこそ、また男は生きていると思うためにベトナムに旅立ったのかと思った。

それじゃあ、みんな戦闘地に行くことが生を一番感じるかといったらそれは違うと思いました。
なぜなら生を最も強く感じるときは
「自分自身を愛すことを通して、誰かを愛しているとき」
だと思うからです。
つまり「死よりも愛の方が生を強く感じる」のだと思った。
(登場人物の男は自分も他人も愛せない状態であった。だからこそ死と隣合わせの状態を選択した)
これがこの本の1番の感想です。

あと、実際に開高健さんは「釣り」が好きだったみたいですね。開高3釣り.jfif 14.52 KB
他にも読書会でたくさんの面白い意見・お話がありました。

男と女の関係は何?何でずっと一緒にいるの?
これはまた私見を書くと長くなるので割愛。w
でも、なんでこの男女はずっといるのか?を考えると面白い話が出そうですね。

静と動を感じる本であった。男はその中間にいる気がした。
・冒頭の黙示録が中間を感じさせている。
・初めはほとんど動きがないが、最後の方は驚くほど動に変わっている。

表現が特徴的
・読んでいて暑苦しさを感じた
個人的には、「朦朧」という言葉がよく出てくるのですが、これも夏をイメージさせる言葉としているのかと思いました。
・男が書いたとは思えない女の描き方をしている(女性から見て嫌悪感がなかった)
・性描写が嫌らしく感じない表現。
・話の舞台がわからない(最後になってわかる)
・登場人物の名前がない(男と女と表記)
名前がないことで、色んな妄想ができるのかなと思いました。
名前がない登場人物でここまで書けるのは凄い。

個人的に、最後のこの終わりにかけての表現が好きです。
「東は暗くて広く、西は明るくて広かった。けれど、止まったり、かけぬけたり、おりていく背も見ず、乗ってくる顔も見ず、暗いのが明るくなり、明るいのが暗くなるのを、固い板にもたれて凝視していると、東も、西も、けじめがつかなくなった。あちらも、こちらも、わからなくなった。走っているのか、止まっているのかも、わからなくなった。明日の朝、十時だ。」

「夏の闇」について、他にも感想はたくさんあるのですが、かなり長くなるのでこの辺で。是非まだ読まれてない方は、一度読んでみては?と思いました。

私はちなみにこの日はサポでした!
楽しく読書会ができました!!皆様ありがとうございました!!
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