第二札所・名古屋へ
2026年9月12日、JAZZ茶房靑猫に26名が集まりました。渡辺祐真(スケザネ)さんと読む『空海読んだら、人生変わった 思考をひろげる仏教入門』の読書会です。
大阪から始まった全国行脚「空海を読む旅」。第二札所となる名古屋にも、スケザネさんが参加してくださいました。この日のドレスコードは「空と海」。
そして今回は、本とともに、前の札所から届いた「問い」もあります。大阪の参加者が対話の中で生み出した問いを、名古屋で受け取り、考え、次へ渡していきます。
CDがずらりと並ぶ棚に囲まれた靑猫の店内。テーブルには課題本や資料が広がり、それぞれの席で本を囲みます。
スケザネさんのレクチャー
開会のあいさつに続いて、スケザネさんのレクチャーです。
著者として伝えたいことは、本に詰まっている。そのうえで、スケザネさんは本の内容に付随して、本には書かれていない話もいろいろとしてくださいました。
なかでも私が面白く感じたのは、仏教はなぜ日本でこんなに流行っていないのか、という話でした。
ほかの札所でもレクチャーが続くので、詳しい内容は、これから参加する方のお楽しみに。
本を囲んで、名古屋で話す
レクチャーの後は、テーブルごとの読書会へ。
グループトークでは、空海の人物像も話題になりました。仏教をはじめ、さまざまな学問に通じ、得た知識を社会の中で実践した人。その幅広さと行動力に、改めて空海のすごさを感じる話がありました。
物事をAかBかだけで切り分けず、いくつもの要因や関係の中で考えてみる、という話も出ました。原因は一つとは限らないし、二つに分けるだけでは捉えにくいこともある。そこから、仏教や密教と量子力学の世界の捉え方に、どこか似たところがあるのではないか、という連想へ。
違う方法で世界を考えているのに、響き合うところがあるように感じる。そんな話も、参加者同士の会話に出てきました。
人間と木や石についての話もありました。身の回りにあるものにも、仏になるための手がかりがあるのではないか。人間と木や石を、どこまで別の存在として考えるのか。木も成仏できるのか。そして、そもそも木も思考するのか、という問いまで出てきました。
空海の本を囲んで、木が考えるかどうかを話している。本について話すうちに、問いは思いがけないところへ広がっていきます。
「空と海」のベストドレッサー発表
読書会に続いて、ベストドレッサーの発表もありました。
この日のドレスコード「空と海」は、装いにもさまざまな形で表れていました。本のテーマが、服や小物にも広がっています。
大阪から届いた「問いのバトン」
ベストドレッサー発表の後は、「問いのバトン」の時間です。
「空海を読む旅」では、前の開催地で生まれた問いを、次の開催地へ託します。その土地で本を読んだ人たちが受け取り、話し合い、そこからまた次の問いを生み出す「問いのバトン」です。
第一札所・大阪から名古屋へ届いたのは、次の5つでした。
①良い欲と悪い欲があるとしたら何だと思いますか?
②現代に空海が生きているとしたらどんな人だと思いますか?
③今、すがりたいと思う仏教の教えがありますか?
④完コピぐらい真似した人はいますか?
⑤あなたは、世界の真理を知ったら苦しみから解放されると思いますか?
名古屋では4つのテーブルが、この中から話してみたい問いを自由に選びました。Aテーブルは⑤、Bテーブルは②、Cテーブルは①、Dテーブルは⑤。同じ問いを選んだテーブルが二つあります。
では、その二つのテーブルには、どんな言葉が残ったのでしょうか。
同じ問いを受け取った、二つのテーブル
A・Dテーブルが選んだのは、「あなたは、世界の真理を知ったら苦しみから解放されると思いますか?」という問いでした。
Aテーブルの記録には、短く、はっきりとした答えが残っています。
苦しみから解放されない
そして、次へ渡す問いは、
仏はいると思いますか?
一方、Dテーブルには、こう記されていました。
世界の真理を学んだところで
苦しみから解放されたり、されなかったり
をくり返していくのが人生だと思う
さらに、「Yes、Noで答えられる質問ではない」とも。
こちらから生まれた、次の問いは、
欲望がないのは幸せですか?
同じ問いから出発して、Aテーブルでは仏の存在へ、Dテーブルでは欲望と幸福へ。残された言葉を並べると、問いの受け止め方も、その先に気になることも、それぞれ違っていたことが見えてきます。
「苦しみから解放されない」という答えと、解放されたり、されなかったりを繰り返すという捉え方。その違いを残したまま、二つの問いが次の札所へ向かいます。
現代に空海がいたら、どんな人?
Bテーブルが選んだのは、「現代に空海が生きているとしたらどんな人だと思いますか?」。
記録には、「マルチクリエイター」「起業家」「DJ兼トラックメーカー」「ラッパー」「YouTuber」といった言葉が並んでいます。「どれもやってても」という添え書きもありました。
さまざまな表現に携わる人として、現代の空海を想像していたようにも読めます。記録の脇にある「マルチ」「アート」「影響力」という言葉も、その人物像を考える手がかりになりそうです。
右側には「言葉を使う仕事? そうではない?」というメモも。一つの人物像に決めきれないところも、そのまま残されています。
そして、「次に渡す問い」の欄には、こう書かれています。
輪廻転生はあるのか、幸せなの? 空海は輪廻から脱却できた?
現代の空海を想像する問いから、輪廻をめぐる問いへ。間をどんな会話がつないだのかも、聞いてみたくなります。
「良い欲」と「悪い欲」は、分けられる?
Cテーブルが選んだのは、「良い欲と悪い欲があるとしたら何だと思いますか?」でした。
記録には、自分自身を成長させる欲は、誰かに迷惑をかけない限り良いものなのかもしれない、という考えが残っています。一方で、良い欲と悪い欲は互いに作用して反転するのではないか、善悪は時代によっても変わるのではないか、という考えも。
何を良い欲、悪い欲とするか。その問いを考えるうちに、二つを分ける基準そのものにも目が向けられていたようです。
「普遍的な善悪ってない」「善悪の真理ってないかも」という言葉も残っています。
そして、このテーブルから次へ渡す問いは、
空海は山で修行して何を見つけたと思いますか?
欲の良し悪しを考えたテーブルが、次の人たちに託したのは、山で修行する空海についての問いでした。
名古屋から、次の札所へ
名古屋で生まれた問いには、仏の存在、欲望と幸福、山での修行、輪廻といった言葉が並びました。
各テーブルの「次に渡す問い」欄に書かれていたのは、次の言葉です。
・仏はいると思いますか?
・欲望がないのは幸せですか?
・空海は山で修行して何を見つけたと思いますか?
・輪廻転生はあるのか、幸せなの? 空海は輪廻から脱却できた?
大阪から届いた問いには、名古屋でそれぞれの考えが寄せられました。そして、その先には、まだ考えてみたい別の問いが残りました。
同じ問いを受け取っても、たどり着く先は違う。その違いも含めて、次の札所へ渡していきます。
読書会の後は、懇親会へ
読書会の後は、懇親会もありました。グラスを掲げて乾杯。
次の問いを持って
一人で本を読んでいると、「これはどういう意味だろう」と答えを探したくなることがあります。誰かと話してみると、自分にはなかった問いを受け取ることもあります。
今回、二つのテーブルが選んだのは、同じ「世界の真理と苦しみ」の問いでした。そこから生まれたのは、「仏はいると思いますか?」と「欲望がないのは幸せですか?」。どちらも、また誰かと考えてみたくなる問いです。
大阪から名古屋へ。そして、名古屋から次の札所へ。
『空海読んだら、人生変わった』を携えた旅は、問いとともに続きます。


