皆さんは黒田硫黄という漫画家はご存知でしょうか?
「黒」&「硫黄」、語感からしてなんとなくストレートな少年漫画を描くような名前には見えず、なんともサブカル寄りな印象。

僕と黒田硫黄との初邂逅の際の印象はそんな名前の語感からそう離れたものではありませんでした。この読書会で取り上げられるまでは、すごい漫画が好きな友人から名前を聞いたのみで、その場で電子で試し読んでみても寂れた雰囲気や、カタルシスの薄い展開に「なんか自分には合わなそうだな~」と思いシャットアウト。(多分これは自分が読めていなかったから出ている感想だと思います。ファンの方ほんとうに申し訳ありません…。)友人も「漫画が熱狂的に好きな人が読んでるけど俺にはよくわからん」と言っていて、「まあ自分にはこういう難しい漫画は合わないってことだな」と読まない理由さえできてしまう始末でした。

世の中には面白い漫画は無数にあり、少しでも遠ざける、いや寝かせておく理由ができてしまった程度であっても中々手が届かなくなってしまいます。(漫画でも積んでしまう人はそんな多数派ではないかも…)そんなわけで黒田硫黄の漫画は読んでも数年後でその時に面白さもわかるかは微妙…という距離感になってしまいました。

そして、今回の読書会の情報が回ってきました。
「あ~よくわからなかった作家だ」と思いつつ、まずは作品を読む前に読書会の主催をされている二村さんのTwitterをチェック。「この作者の漫画ってどう思われているんだ?」と気になってました。すると「これほど面白い漫画家はいない」「名作しかない」と絶賛のツイートが。

二村さんとは「電気羊」でお話する機会があり、読みの深さと作品への愛しっぷりから「この方がそんなに絶賛されるなら何かあるんじゃないか?」と考え直し、態度を改めて「男と女」を読んでみることにしました。

態度を改めるというのは何をしたのか?それは自分が漫画に期待していることを洗いなおして「男と女」向きに自分のモードを変えてみることです。先の友人との紹介の際に黒田硫黄にハマらなかった理由として僕は「カタルシスの薄い展開」をあげました。(またまたファンの方申し訳ありません…)なぜそう思ったのか?理由を考えるために普段読んでいる漫画を整理してみると、物語の筋が非常に力強く、難局を超人っぽい主人公たちが解決していくものが多かったのです。自分は物語の筋の強さや作品全体を通底する力強いテーマの面白さを期待しているわけです。まずはその期待をぶん投げてみることにしました。そして物語全体の筋を読むというより、おのおのの場面場面で「どういったことをしているか?」「それに対して自分がどう思うか?」をより強く意識して読んでみることにしました。

すると「男と女」はキャラたちについてとてつもない密度で描かれた漫画だと気が付きました。ジワジワと面白さが分かっていく。Theスルメ漫画でした。この漫画は一言で言うと「機械人形の男性と人間の女性が突飛な出会い方をしてから、二人で生きることを決意するまでを描いた漫画」と言えます。(要約して語るべき作家ではありませんが、漫画を読んでいない方向けに…。)
男が機械人間だという突飛な設定はもちろんメタファーと解釈しても面白いし、「こういう機械の人が現実で生きていくってどういう部分で困るんだろう?」とか「どう生活を回しているんだろう?」とか考えるのも面白い。しかも黒田硫黄の漫画は背景に色々な情報が描かれており、そういう疑問に部分的に答えをくれます。
またこの漫画において女性はとてつもない速度で男性への距離を詰めていて、それについて考えることも面白い。そこには彼女に備わった寂しさや向こう見ずな部分が含まれているし、「機械であるという秘密を告白してくれた!」という喜びも含まれているように見えます。またこの女性について「自分の恋愛と比較してどうだろう?」と自分に立ち返って考えると自分のことが分かると同時に、「この女性がどんなところですごいのか?(魅力的なのか?)」が分かります。
また、この作品の全体を通して良いところは会話に味があるというところです。言葉のチョイスひとつ取っても「なんでこの人物はこんな喋り方を?」と考えさせる深さがあります。

……とここまで語ってきましたが、一言でまとめるとこの漫画、ほかの漫画ではほぼ味わえなかった面白さが散りばめられていました。そしていざ読書会に行ってみると、すごい細かなところまで読み込んでいらっしゃる方や、刺さっている部分が自分とは全然異なっている方がいらっしゃいました。楽しむところも楽しみ方も千差万別であり、「なんて読書会向きの本なんだ…」と痛感し、他の方の話をお聞きして自分の楽しみ方もさらに広がりました。二村組の読書会も初参加だったのですが、「意見を言う際には最後にできるだけ疑問を問いかける」という形式は話しやすく自分になじみました。他の読書会でも使っていきたい…。

結論として、この漫画はオープンワールドゲーム的な漫画であり、読書会を通じて自分に新しい回路を開いた感触があります。(オープンワールドゲームの定義をザックリ言うと「どんな順番でダンジョンを攻略しても良い」というものです。)よりエンタメ色の強い作品では「主流」とされる楽しみ方がありますが、この漫画にはそれがありません。自分の人生経験や嗜好などからその人なりの楽しみ方が他の作品よりも出来る作品だと思います。オープンワールドゲームではプレイヤー間でよく「え!お前そんな順番でダンジョン攻略したのかよ!」という感想が交わされますが、「男と女」読書会でも全く同じ気持ちになりました。みんなで協力して「男と女」の楽しみ方を別の角度から掘り当てていく、そんなイメージが頭の中を巡りました。

本当に色々と考えさせられるよい読書会でした。一緒に参加してくださった方々、ありがとうございました!また機会があればお話いたしましょう!

加えて今回の読書会で黒田硫黄にすごく惹かれてしまいました。この本を選んでくださった二村さん、ありがとうございます。「この漫画面白いよ!」と強い推薦をされていなければ読んだとしても面白さには気づけなかったままだったと思っています。これから黒田硫黄の他の作品も読んでいきます。もしこのブログを読んでいる方でまだ「男と女」を読んでいない方がいればぜひ。


下は読書会で出た意見です。個人を特定できない形でお書きいたしますが、もし訂正や削除のご希望がありましたらお知らせください。
・最後のシーンでお互い別々のことをしながら、同じ空間にいるのがいい。この距離感でないとやってられない。
・ホテルに入ってから、真朋さんが「いやじゃない?」と二回聞くのが好き。
・「心」が描いてあると思って夏目漱石の「こころ」を読む人はいない。本当に何も知らないから、これを読んでしまったのでは。
・真朋さんが性急に関係を進めていると思った。真朋さんは肉食系
・真朋さんと多田さんは「秘密の告白」をしているから一気に関係が進んでいる。
・多田さんは「さびしかった」と真朋さんに打ち明けるが、この感情はいつ芽生えたもの?→真朋さんとのコミュニケーションを通じて芽生えた?
・ミサイルは男根のメタファー。女体のリモコン?を真朋さんが叩き壊すのは、浮気を止めたメタファー説
・ミサイルが止まった時のセリフが「おさまった…」なの良い
・女体リモコンの壊し方が容赦ない。この家にはバールとかあるからこういう壊し方ができた
・男は労働で心がぶっ壊れてしまった人ではないか。
・食事とか水分を取ってるシーンが一個もないのが多田さん。
・真朋さんはすごい食事シーンが多い。
・多田さんののれんに腕押し感。無欲っぽさがエロい。
・結婚できないのは戸籍がなく、入籍できないからかもしれない。
・フラメンキンっていう居酒屋の料理はなに?→スペイン料理→下町にこんなのあるの?
・グレートウェスタンの名前を関した店が二回出てくる→西に逃げる二人の比喩?
・会社に行ってるのは充電しに行ってる説
・他のロボットは重要施設を破壊したようだけど、多田さんからロケット飛ばしてどこを破壊しようとしたのか?→神田にいるっぽいので、近くの重要施設を見ると皇居?
・真朋さんの色気のなさが良い
・真朋さんのオタク女性っぽさが可愛い
・48巻分のシブイ漫画一気に買う真朋さんの良さ