2026年3月17日(火)20:30〜22:15に、猫町倶楽部シネマテーブル縛り部を開催しました。
今回の課題映画は、永遠の変化者⚡️デヴィッド・ボウイ特集の最終回となる『戦場のメリークリスマス』(1983)。
3か月にわたって続けてきた特集の締めくくりの回でもあり、参加者それぞれがボウイの印象や作品の意味を持ち寄る時間になりました。  


参加状況

今回の申込は24名。当日の参加は18名で、ラウンジメンバーを中心に、2名の一般参加の方も加わっての会となりました。
新規の方にも入りやすい雰囲気を意識し、いつものようにファシリテーターは置かず、サポートメンバーの進行で順番に自己紹介とアイスブレイクを行いました。  


 今回のアイスブレイク

今回のトークテーマは次の3つでした。
1. 坂本龍一のテーマ曲についての印象
2. デヴィッド・ボウイ特集として見た今回のボウイ
3. 大島渚監督がセリアズ役にボウイを選んだ理由
この3つの問いが、自然と作品の核心に近づいていく導線になっていたように思います。  


 坂本龍一の音楽について

やはり多くの人にとって印象的だったのが、坂本龍一の主題曲でした。
もともと曲だけを知っていた人も多く、
「冬のイメージが強い」
「南国の映画とは思えない音楽」
といった声がありました。
実際に映画を観たことで、曲の印象がより深くなったという感想も多く、
音楽がこの映画の空気そのものを作っていることが改めて共有されました。  


 デヴィッド・ボウイという存在

今回の感想で特に印象的だったのは、
ボウイを「俳優」として語る人がほとんどいなかったことです。
むしろ、
・特別な存在
・神話的な人物
・ただ歩くだけで画面が成立する
・姿や所作が美しい
といった言葉が多く出てきました。

ボウイが役を演じているというより、
ボウイという存在そのものが映画の意味を作っている
という感覚が、多くの参加者に共有されていたように思います。

また、今回の特集を通してボウイを見てきた人たちからは、
作品ごとに全く違うボウイが現れることへの驚きも語られました。  


 大島渚監督のキャスティング

この作品では、坂本龍一と北野武も俳優ではありません。
それにもかかわらず、むしろ
演技ではなく存在感で映画の世界を構築している
という点を評価する声がありました。
大島渚監督のキャスティングの力を改めて感じた、という意見も多く印象に残りました。  


 解釈の広がりについて

この映画はLGBT的な視点から語られることも多い作品ですが、
今回の会では
「その解釈だけに限定するのはもったいない」
「もっと複雑で多義的な作品だと思う」
という意見が複数出ていました。
一つの意味に固定されない作品の豊かさを評価する声が多かったのも、今回の特徴だったように思います。  


 ラストシーンの余韻

そしてやはり、多くの人が挙げていたのがラストシーン。
印象に残るラストであること、
そして物語の中の謎が完全には解決されないことについて、
「むしろそのまま残っているのが良い」
という感想が多く共有されました。 


 ボウイ特集を終えて

今回で、デヴィッド・ボウイ特集は一区切りとなりました。
3作品を通して見ていくことで、ボウイという存在の多面性や、映画の中での役割の違いがより立体的に見えてきたように思います。
それぞれの感想がゆるやかにつながりながら、作品の輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。
そんな時間になりました。

参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
【シネマテーブル 縛り部】