はじめまして、ノサカです!
猫町には昨年の夏ごろに入会して、名古屋オフラインを中心に参加しております。
9月12日(土)
『空海読んだら、人生変わった 思考をひろげる仏教入門』通称:くうかわ
著者の渡辺祐真さんをお招きした読書会が名古屋で開催されます。
私も参加する予定で、とても楽しみにしております!
せっかく参加するなら、もっと空海について、仏教(密教)について
理解を深めたいと思っていたところ
―それなら直接会いに来ればいいじゃない?
というお告げを受けた(かどうかは定かではありませんが)ので
愛知県内にある空海像と空海にゆかりのある土地を巡ってまいりました。
思い返せば今年の夏はずっと家にこもりがちで
夏らしいことを何一つしていませんでした。
海に、山に、空海を求めてあちこち歩き回ったおかげで
ひと足遅れですが充実した夏休みを満喫することができました。
今回のブログでは、その記録と写真を報告いたします。
1. 尾張三大弘法(尾張旭市、名古屋市守山区)
尾張三大弘法は昭和初期に建てられた大師像で、
名古屋の水運の要である堀川と、陶磁器産業の盛んだった瀬戸市を結ぶ
瀬戸電気鉄道(現在の名鉄瀬戸線)沿いに位置しています。
第一番「御花弘法大師像」
第一番は小幡緑地公園にある「御花弘法大師像」です。
大森・金城学院前駅が最寄りですが、徒歩では30分近くかかるため
シェアリングカーを借りて向かいました。
異教徒の運営する大学のキャンパスを抜けて、
さらに5分ほど山道を進んだところに駐車場があります。
御花弘法大師像
コンクリート製ということもあり、ずっしりとした重量感があります。
右手に持っているのはおそらく金剛杵。有名な肖像画 と構図が似ています。
林の隙間から突然ぬっ、と現れます。
第二番「開運大師像」(良福寺)
第二番は良福寺の「開運大師像」です。
こちらは印場駅から歩いて5分という駅チカ大師です。
開運大師像
鉄鉢と金剛杖を持っているので、諸国を行脚をしている時の姿だと思われます。
口角も下がってどこか寂しげな表情。
この日はお布施が思ったより集まらなかったのでしょうか。
第三番「厄除大師像」(退養寺)
第三番は退養寺 の「厄除大師像」
別名「新居の大弘法」と呼ばれています。
尾張旭駅で下車して、北に向かって15分ほど歩くと、右手に境内が見えてきます。
厄除大師像
フルカラーのコンクリート像で、大弘法の名前どおり見応えのあるサイズ(9.5m)です。
肌に黄味がなく、黒目が真っ黒で瞳孔が見えにくいので、空海のパーソナルカラーはおそらくブルベ冬です。
大師像の視線の先には、尾張旭市や長久手市の住宅街が広がっていました。
街に住んでいる人は、気づかぬところで空海に見守られながら生活しています。
大師像が建てられた由来が書かれていました。
空海が災難除け・厄除けのシンボルとして各土地で信仰されている一例です。
余談ですが尾張旭市はおいしい紅茶日本一の街です。
おいしさは主観なのに、どういう基準で日本一を名乗っているのでしょうか…。
2. 興正寺(名古屋市昭和区)
興正寺は高野山真言宗の別格本山で
市営地下鉄の八事駅から徒歩5分とアクセスも良好です。
地図でもわかるように、街の中心にとても大きな境内が広がっています。
何を隠そう、「愛知県にある真言宗の有名な寺院は?」とAIに質問して
最初に出てきたのが興正寺でした。
中門と五重塔。五重塔は県の重要文化財に指定されています。
興正寺は空海にもゆかりのある寺で
空海が使用していたと伝えられている五鈷杵 が寺宝として納められています。
今回その寺宝を見ることは叶いませんでしたが、本に書かれている密教に関する事物にたくさん触れるができました。
五輪塔
五輪塔に彫られた梵字
広い境内には、弘法大師だけではなく、大日如来や阿弥陀如来、虚空蔵菩薩、不動明王などが祀られたお堂があり、オール密教大集結!といった華やかさがありました。
お堂にはそれぞれの本尊に唱える真言(マントラ)の説明書きがありました。
何も下調べをせず、ふらっと訪れても楽しめました。
3. 聖崎公園 上陸大師像(南知多町)
次に向かった先は、知多半島の先端に位置する南知多市。
知多半島は空海が諸国行脚の途中に訪れたとされる言い伝えが残されていて
知多四国八十八ヶ所という霊場もあります。
南知多の玄関口である河和駅までは、金山駅から名鉄河和線の特急で約1時間。
車窓から海が見えてくると、ちょっとした非日常を感じられてテンションも高まってきます。
河和駅から最寄りの停留所である大井まで路線バスで30分。
下車後、海岸線に沿って10分ほど歩いた先にあるのが聖崎公園の上陸大師像です。
微妙に目立たない道標石と、南無大師遍照金剛のノボリ旗。
今回の旅で何度も見かけたノボリ旗。
本を読むまでは遍照金剛の意味さえ知らなかった私ですが、旅を通していろんなところで見るたびに、少しずつ愛着が湧くようになりました。
何よりこの旗が見えてくると、道が間違っていなかったことに安心できます。
上陸大師像
写真の中央、沖のほうに見えるグレーの人型らしきものが上陸大師像です。
四角い岩の上に立っています。
陸からだとけっこう距離があるため、顔やポーズははっきり確認できません。
本来は、このように陸から眺めただけで、別の場所に移動する予定だったのですが…
偶然にも私が訪れたこの日(8月30日)はちょうど大潮にあたる日。
しかも干潮の時間帯であったため、海の中道(トンボロ)が出現て、歩いて大師像のそばまで渡ることができまし
こいつは撮れ高バッチリだぜ!と高ぶる気持ちを抑えながら撮った写真の数々をご覧ください。
海の中道
干潮になると、こういう道ができます。
意図せず、空と海の間の空海というダジャレみたいな構図になりました。
上陸大師像
金剛杖と鉄鉢、数珠を携えて今まさに上陸せんとする姿です。
足元を見ても、指の一本一本に力強さを感じます。
大師像の背中越しに見る、自然豊かな知多半島の風景
もしかするとこの風景を見て、生まれ故郷の讃岐を思い出していたのかもしれません。
4. 岩屋寺(南知多町)
今回の旅の締めくくりは、上陸大師と同じ南知多町の内陸部にある岩屋寺です。
岩屋寺には「弘法大師修行像」と
空海が百日の護摩行を行ったとされる奥之院があります。
岩屋寺
事前に調べたところ、岩屋寺は真言宗ではなく尾張高野山宗という宗派で
江戸時代から天台宗の寺院として地域の人々や尾張徳川家から重用されてたのち
昭和26年に離脱して、天台宗と真言宗が共存する独立宗派を立ち上げたそうです。
例えるなら
二郎系の店主が独立して、家系ラーメンもメニューに加えた感じでしょうか。
そういう経緯は難しくてよく分かりませんでしたが
見どころがたくさんある、面白い寺院でした!
横に長い本堂。葵紋と菊紋が並列しています。
江戸時代に作られた五百羅漢
一切経蔵。見た目が機械的で美しかったです。
お寺の方に場所を大師像の場所を聞くと
境内の奥に入口がある回峰修行体験 コースの折り返し地点
すなわち山の頂上に建てられているとのことでした。
まあ”体験”だし、運動不足解消のために登ってみるかーくらいの気持ちで、
半袖にジーンズ、トートバッグ、タウンユースのスニーカーという軽装のままステッキも持たず入山したのですが…
思ったよりガチな山道で、途中何度も自分の軽率さを後悔しました。
特にスパイクのないスニーカーだと斜面が滑りまくります。
写真のような手すりのない獣道で、二度ほどバランスを崩して(右側は崖)
危うく「空海に会いに行ったら、人生終わった」になるところでした。
八十八ヶ所あるチェックポイントには、小さな仏像が数体ずつ祀られています。
青の帽子はスーパーレアなのでしょうか、1体しかありませんでした。
30分経過。
終わりの見えない登山道で、己の表情はどんどん険しくなりますが、ほっこりとした表情が束の間の癒しを与えてくれます。
ようやく山頂に到着。太陽の光が眩しいです。
弘法大師修行像とご対面。
空に近い場所だからでしょうか、これまで見てきた大師像よりも神秘さを感じました。
青空を縦に貫くような細長いフォルムも印象的でした。
お膝元には釈迦如来や阿弥陀如来、大日如来などが勢揃い。
ちょっとしたボーナスステージのような気分です。
大師像の視線の先には絶景が広がっていました。
写真では分かりづらいですが、奥に海も見えます。
山頂に着いて、まず最初に頭に浮かんだのは
「高尾山みたいに、ここ(頂上)に自販機があったらなあ」でした。
もっと煩悩を捨てなければ…。
これで私の身近な空海を巡る旅は終わりです。
これからは
行く先々で受け取ったインスピレーションや、目にした事物を思い出しながら
『空海読んだら、人生変わった』をもう一度読み返してみようと思います。
岩屋寺で授かった三密のお守りと『空海読んだら、人生変わった』






