3作続けて観たレスリー・チャン


猫町シネマでは、この8〜10月に『さらば、わが愛/覇王別姫』『欲望の翼』『流星』と、レスリー・チャン主演作を3作続けて取り上げました。複数の参加者から同じような感想が出ました。「同じ人とは思えない」という驚きです。

たとえば「映画を見るたびにいろんなレスリーに会えるっていうところが素敵だなって思う俳優さん」という意見。3作を観終えても、あるいは観たからこそ、レスリー・チャンという人物は輪郭をはっきりさせるどころか、むしろよくわからなくなりました。今回の感想会はその感覚を起点に始まりました。

参加者は9人。1テーブルで2時間半、途中から延長戦に入りました。映画の感想はいつの間にかレスリー・チャン本人の話になり、そして「もし生きていたら」という想像にまで広がっていきました。


『流星』ではレスリー・チャンを身近に感じられた


前2作と比べて、今回の『流星』で際立ったのは「親しみやすさ」でした。

「流星のレスリー・チャンと覇王別姫のレスリー・チャン、本当に同じ人と思えないの」という声がありました。覇王別姫のレスリー・チャンは自分が苦手とする「女性性の塊」のような存在だったけれど、本作のレスリー・チャンは「もう可愛い、可愛いで楽しく見た」と。

言語の違いに目を向けた方もいました。「広東語を喋るレスリー・チャンを見て、こっちが彼のホームグラウンドなんだよなっていうことを改めて感じた」。覇王別姫の北京語はどこか上品で遠い。広東語の流星には、もっと地に足のついた親しみがあります。

初参加の方は「お話はそんなに見てなくて画面を見てた」と話し、子役とのやりとりにずっと引きつけられていたそうです。添い寝の場面でウェイが子供の耳を撫でるシーンについて、こんな言葉が出ました。「演技だけど、演技演技じゃない演技で仲良くなってる。本当にこの二人仲良くなってるんじゃないの?っていう気持ちになった」。

私自身は、2人にとって最後の食事の場面が印象に残っています。袋ラーメンに昨日の残り物を入れて、屋上で二人が淡々と食べる。このあと子供を母親の元へ送り出すことが決まっているのに、湿っぽくない。子どもは育ての親のレスリー・チャンを気づかい、自分の宝物の金魚の大半を、彼が寂しくないように残してあげる。低予算で、荒削りで、でもだからこそ余計なものがなく、袋ラーメンのような素朴な映画だと思いました。

最初はレスリー・チャンに好意的ではなかったと打ち明けてくれた方がいました。たまたま知り合った「金持ちでわがままな香港の学生」の顔と重なっていたのだそうです。それが「猫町で作品を重ねるうちに、魅力的な人だなって思うし、素敵だなって思うようになりました。亡くなったあとに」と話してくれました。

3作を並べると、レスリー・チャンはますます掴みにくくなりました。それでも、あるいはそれゆえに、『流星』には奇妙な身近さがあります。そのことを、何人かが似たような言葉で表現していました。


レスリー・チャンが生きていたら、どんな役を演じただろう


対話が進むうち、話題は映画の枠を越えていきました。

「レスリー・チャンが生きてたら、あの役をやってほしいなって思って」。ある参加者が、『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』に登場する「姿の見えない黒幕」の役について言及しました。別の方から、原作者もレスリー・チャンの出演を望んでいたというインタビューを見たことがある、と補足されました。亡くなった俳優の名前が、演じることのなかった役に自然と挙がるのは、単なる惜別ではなく、「この人ならこう演じたはずだ」という確かな確信から来ているように聞こえました。

パラレルワールドでレスリー・チャンが生きている設定の映画も話題に上がりました。「なんか生き返ってほしいっていうのともなんかまた違うなっていうか」。この言い方が、私には印象に残りました。生き返ってほしいのとは、違う。でも想像は尽きない。

タイトルの「流星」について、こんな解釈が出ました。「レスリー・チャンっていう存在も、後世の私たちからすると、ある一時期にパッとできてパッといなくなってしまった人みたいな感じもするし」。別の方も「流星ってタイトルがレスリー・チャンのことも指してるっていうとすごい良いなと思った」と続けました。映画の中の台詞もまた、本人の人生と重なって見えてしまいます。

日本の女優がインスタグラムでレスリー・チャンの誕生日を祝っていた、という話も出ました。「やっぱりすごく愛されてる方だなって思いました」。亡くなって20年以上が経っても、誕生日が祝われ、演じることのなかった役を想像される。レスリー・チャンはいまも、多くの人の頭の中で動き続けています。


語ることで見えてくるレスリー・チャン


会の終わりにこんな発言がありました。「多分、流星をここまで深く話す機会、そうないですよね」。確かに、一人で観ていたら、「レスリー・チャンが素敵なだけの映画」で終わっていたかもしれません。

感想は人それぞれでした。物語の構造に物足りなさを感じた方もいれば、子役との掛け合いだけで十分だという方もいました。背景描写の省略を批判する方もいれば、それが香港の人には共通のノスタルジーとして機能しているはずだと読んだ方もいました。どれも正しいと思います。映画とはそういうものですし、レスリー・チャンという俳優は特にそういう多様な見方を引き出す力があるようです。

3作観て、私にはレスリー・チャンという人がよくわからなくなりました。親しみやすいのに、どこか掴めない。男性目線では魅力の根拠が見えにくいと正直に言ったら、「誰のものにもならないからいい」という言葉が返ってきました。そのことかもしれない、と今は思っています。

レスリー・チャンの物語は、出演した映画の中だけで終わりません。私たちが彼について語り、演じることのなかった役を想像し、誕生日を祝うたびに、新しい物語が生まれています。今回の対話も、そのひとつだったと思います。


次回の猫町シネマは11月10日(火)、クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』を課題作品とします。3時間の大作ですが、すでに観た方からは「最初から最後まで面白い」という声が届いています。11月10日、またご一緒しましょう。
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