去年の春、裏で「ジャイアン」と呼ばれる課長の部下になりました。

不遜、尊大、傍若無人という言葉がぴったりな方でした。
初めてジャイアンというあだ名を先輩から聞いたときは、あまりに的確すぎて爆笑してしまいました。

部下になって2か月目のこと。
課長が「あの取引先はこっちをナメてる」と言い出し、「今すぐここに呼び出せ」と言われました。
有無を言わさない態度に心底怯えながらその会社に電話しました。
その後恐ろしさに震える私の横で、課長は呼び出した営業を詰めに詰めました。
「やる気のない奴は許さん」という鬼のような意思を感じました。

課長が席を立った後に「上司が無理を言い申し訳ありません」と頭を下げるのが私の仕事でした。

臨時的な部署だったため課長の部下として通年ついたのは私一人で、後は短期間のスタッフが入れ替わりでつきました。
そのため課長からの指示はほぼ全て私が受けました。

「あの人の部下だと大変でしょう」とよく言われました。
「俺組まされなくてよかった(笑)」とか、「ゆめさんのメンタルが心配」なんて言われることもありました。

でも私はそう思いませんでした。
確かにぶっきらぼうだしクセ強いし言動が横暴すぎるのですが、判断力はあるし仕事に対する熱がかっこいいし尊敬できると思っていました。

キングダムでいうと桓騎将軍。センスと才能で仕事するタイプで、表情と雰囲気も似てるし、敵兵の死体を蹂躙とか、敵兵になりすまして敵軍横断とか平気でやりそう!等と思っていたので、毎日楽しくお仕えしていました。

ときには理不尽な指示が来ることもありましたが全部受け止めました。
指示どおりに動いたらハレーションが起きそうなときは、指示を守りつつ火消しに走り回ってなんとかすることにしました。

5か月目くらいで、なんだかんだいい関係でやれてるかもと思うようになりました。
同時に「信頼してもらえている」感を感じるようになりました。
普段はこれぞジャイアンな態度でふるまっていても、私に対してはどこか丁寧さがあるように感じました。

一方で、課長は必要以上に距離を詰めてくることがありませんでした。
課長自身の家族の話はしても、私にプライベートな質問をすることはなく、休日何をしているか等も聞かれたことはありませんでした。

課長とはラインのやりとりが日々ありましたが、業務連絡以外の記載は一切なし、お互い敬語かつ絵文字もスタンプも一切ない、常に厳粛なトーク履歴が保たれていました。

残念ながらわが社には、
「〇〇チャン、元気カナ❗❓ボクはちとお疲れ~😅💦」(イメージ)的な距離バグメールを送ってくる悲しい生き物(既婚管理職)も存在します。

それに引き換え課長のラインはなんて尊いんだろうと思いました。

公私に一線を引いた態度からは、いつも信頼と尊重が感じられると思いました。


そして3月、私は異動とともに昇進が決まりました。
異動先は所謂「抜擢」と言われるような、自分も周りも驚く異動になりました。
課長は内示に「おめでとうございます」と添えただけで、他のことは何も言いませんでした。

私は嬉しい気持ち以上に課長と離れることが辛くて、家で毎日泣きました。
課長の方も心なしか情緒が不安定になったように感じました。
異動先の引継ぎに行くと伝えると、一言「はい」と言われて、悲しいような顔をされました。
もしかしたら課長は私より辛いのかもしれないと思いました。


そんな2022年3月、UG課題本の三島由紀夫「憂国」を読みました。

中尉の妻麗子に自分を重ねずにはいられませんでした。

もちろん夫婦と上司部下で関係は全く違うけど、その部署で過ごした一年間、私にとっては課長が全世界の太陽でした。

課長は私が自分の言うことに従うと疑いもしないように見えたし、私も歯向かう気すら起こらなくて、それは課長が怖いからではなくて、課長から深い信頼を与えてもらえていると思うからこそでした。
その関係が、中尉と麗子の間にあるものに似ているような気がしてしまいました。

厳粛な空気の中で真面目に向き合って信頼を結ぶこと、閉ざされた世界の中で尊敬する相手に導いてもらう快感というのが、「課長から与えてもらったものに似ている」と思いました。

課長と私の関係は、決して距離は近くなくて、端から見たら「横暴な上司に苦労させられている部下」にしか見えなかっただろうし、実際プライベートな会話はほぼなく、トーク履歴は業務連絡だけだったし、それでも私の異動と昇進によって、課長と私が信頼し合って仕事をしたことが表明されてしまっているように思えて、「もしかしてこれってすごくエロい関係かも?」と思ってしまったのでした。


最後の日、課長には小さなメッセージカードをお渡ししました。
「異動と昇進に」ではなく、「いただいた信頼と尊重に」感謝していることをしっかりお伝えしたくて書きました。

上司と心地よい関係を築けたことを、本当に嬉しくありがたく思います。
離れた後もずっと持続する幸せをいただけたと思っています。

ジャイアンと呼ばれた課長にお仕えした一年間のこと、
異動が決まったときに読んだ「憂国」のこと、
その後参加したUG読書会のこと、ずっと忘れずにいたいと思います。